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あんなことやこんなことをあなたに

【須藤凜々花結婚発表】私がアイドルの結婚・恋愛を祝福できない理由

NMB46所属のアイドルが結婚したことを受けて、全く個人的な見解である「私がアイドルの結婚恋愛を祝福できない理由」を書いています。コメントにも返信していますので、何か思うところがあれば是非!

 

さてー!アイドル大好き立川あつです。

私は恥ずかしながら、乃木坂46欅坂46を応援しているアイドルオタクの一人です。世間からは冷たい目を向けられることも多いので、リアルの方では公言していません。

そんな隠れアイドルオタクの私ですが、先ほど看過できないニュースが飛び込んできました。

headlines.yahoo.co.jp

アイドル好きでなくてもお馴染みとなっている?AKB総選挙において、異例の結婚発表を行ったという記事です。私の観測範囲の中では、かつて現役アイドルそれもAKBというメジャーなグループで20位にランクインするような人が、辞める前に結婚するということを聞いたことがありません。

詳しい経緯を検索していると、どうやら週間文春にてスクープを取られたことを想定して、先手を打つ形でセンセーショナルな発表を行ったとみられているようです。

この件を受けて、以前から感じていた「アイドルが恋愛しちゃいけない理由」について個人的な意見を書かせていただこうと思います。今回は、正確には恋愛ではなく結婚なので、セーフというのはなしでお願いします。笑

アイドル産業を支えているのは恋愛禁止という自主規制である

私は、アイドルがなぜここまでテレビ番組やその他大手メディアの仕事をできているのかというのは、ひとえにアイドル産業が絶大な影響力を持っているからだと感じています。

彼女たちは芸人でもないですがバラエティ番組で見ない日はないですし、モデルを専業にしているわけでもないのにファッション雑誌などにも数多く出演しています。

ある意味これは専業としている人たちにとっては不公平な競争を強いられているような状況のようにも思います。

しかし、この不公平を打ち破るほどの影響力が大手のアイドルたちにはあります。例えば、ファッション誌に出演すればファンは律儀に購入してくれるでしょうし、映画なんかもそうですね。たとえ興味のないジャンルであってもそのアイドルを見に行きたいと思うのがアイドルファンというものです。また、恋愛禁止というプラトニックイメージがあることは企業として仕事をする上でのメリットにもなっているのかなと。

そういった明確な利益が見込める存在というのはアイドル特有のものなのではないでしょうか。

そしてなぜ、ファンはそういった購買を厭わずアイドルを追いかけるのかといういうと、これは恋愛禁止と無関係ではないと私は考えています。

ある意味アイドルオタクというのは、応援しているアイドルとの疑似恋愛をコンテンツとして楽しんでいるのではないかと思っています。(関係ない人からすると気持ち悪いはなしですが、私は実際そういった側面も含めて楽しんでいます。リアルでは言えない本音ですね。。。笑)

普通の人にとって恋愛が楽しくてその相手を見ていたい、何がしてあげたいという気持ちの代替手段のようにアイドルがなっているのかもしれません。

なので、アイドルの恋愛スキャンダルというのは感化できない問題のです。結婚なんていうのはもってのほか

疑似恋愛を楽しんでいると、相手が実際に恋愛をしているという情報は、妄想の余地がなくなってしまうんですよ。全くもって商品価値のなくなってしまう情報です。

つまり、アイドルの主力商品というのは疑似恋愛の提供なんだと思います。

ときめきメモリアルという疑似恋愛ゲームがあったと思うのですが、そこに出てくるキャラクターが自分以外の人と結婚するこになりましたということになれば、不良品でしかないですよね。そんな感じです。

ただ、そんなアイドルの幸せを応援できないのはどうなんだと言われてしまいそうなのですが、私個人としては「全くその通り」としか言いようがありません。笑

私の足りない脳みそではそんな矛盾に対してなんの答えも持っていないのですが、あえて答えるなら「応援をできるのは、アイドルはやめてからだ」というものです。

正直、年頃の女の子にとって恋愛できないというのは大きな負担だというのは十分理解しています。なので、もし恋愛したいという相手ができたのであれば、その人との関係を尊重するというはごくごく自然なことだと思います。

しかし、その関係を尊重したいならアイドルはやめてからにしてほしいです。

じゃないと、アイドルに憧れて新しく入ってくる人やこれまでスキャンダルを出さずに卒業していった先輩たちが報われないじゃないですか。もちろん、現役でその呪いのような戒律の律儀に守っている人たちもいるでしょう。

そして、なによりアイドルが恋愛OKとなってしまうと、産業としての市場価値をものすごく傷つけてしまうかもしれません。

アイドルの市場価値というのは、常にスキャンダルを出すアイドルとの綱引きではありますが、基本的には恋愛禁止を守って各業界との仕事をこなしてきたアイドルが作りあげていきたものだと思います。

そういった価値を壊して欲しくないという気持ちです。

もし、仮にアイドルは恋愛・結婚をしても良いということが定着してしまうと、今のようにテレビや各種メディアでアイドルを見られる日はなくなってしまうかもしれません。

市場価値の弱まったアイドルには専業でそのメディアで頑張ってる人たちとの勝負に勝てる要素はあまりないでしょうし。

私のようにモテない男にとっては、やはり今まで通り様々な場所で活躍するアイドルを見ていたいです。

ということで、やっぱりアイドルの恋愛というのは祝福できないしだいです。

今回の結婚という特殊なケースについて

正直、今回は恋愛という生易しいものではなく、公式の大イベントで結婚発表という暴挙とも言える行為です。

こちらのツイートなんかはコミカルですがファンの本質を捉えてるんじゃないでしょうか。

そして、この発表は運営スタッフはもちろん、ファンやファンじゃない人たちを交えた賛否両論を巻き起こすことは間違いありません。

始めニュースを見たときは「なぜ、そんな裏切りを」と目を疑ったのですが、経緯を確認することである程度合理的な理由が見えてきました。

それは、スキャンダルで暴露されることが決まっていたからでしょう。そして、結婚を考えるほどの付き合いだったため、解雇されることがほとんど確定のコースであることを自覚していたからではないでしょうか。

「どうせ死ぬんであればただでは死なないぞ」という気持ちがあったのかもしません。「ここで、センセーショナルな発表をすれば、今後のメディア活動でも呼ばれる機会が増えるかも」という打算もあったかもしれません。あくまで憶測ですが。

飛ぶ鳥後を濁さず?的な配慮があってくれてもよかったのではないでしょうか。

少なくとも一アイドルファンの目線からすると、イノセントな理由での結婚発表だとは思えないです。

結婚というのは、嫌いな人であっても表面上「おめでとう」と祝福の言葉をかけるものですが、そういった理由から私にはやはり祝福できるような気持ちを持てないでいます。

コメント返信

木島さんへ

>しかし、その関係を尊重したいならアイドルはやめてからにしてほしいです。

>じゃないと、アイドルに憧れて新しく入ってくる人やこれまでスキャンダルを出さずに卒業していった先輩たちが報われないじゃないですか。もちろん、現役でその呪いのような戒律の律儀に守っている人たちもいるでしょう。

 

これって正に奴隷根性の強要ですよね。
「休みたいなら会社を辞めてから休めばいい、有給休暇を取らずに辞めていった先輩が報われない」と言っているのと同じですよ。
有給休暇が労働者の当たり前の権利であるのと同じで、恋愛や結婚というのは人として当たり前の権利であり、アイドルだろうがどんな職業だろうが人権を侵害する事の正当化をしてはならないと思います。

よく言われるアイドルの恋愛禁止は人権侵害なんじゃないかというお話。アイドルを応援している身からすると正直その前提がまず共有できていないように思います。

それは周りに結構普通に恋愛の規制というのが一つの理由です。会社にも社内恋愛禁止がありますし、強豪校の部活なんかでもあったりしますよね。また、宗教上の理由で恋愛禁止の場合もあります。そういったものが人権侵害だと話題になることってあまりないですよね。

そして、アイドルというのは特殊な仕事なので普通の仕事の労働時間と比較して話せるテーマでもないんじゃないでしょうか。会社で働くということは、誰もが自分で労働環境を選べる訳ではないので有給を取れない企業文化というのは無くしていくべきだという点には全く異論はありません。

ただ、アイドルという仕事は明確な自分の意思がないと参入することは不可能な仕事です。しかも、会社と違って入ってみないと企業文化が見えてこないということはなく、最初から明確に禁止と謳っている仕事です。

人権侵害というより、過酷な訓練やプライベートの時間が奪われるような自衛隊、あるいは厳しい節制が求められるようなモデルの仕事に近いものなんじゃないかと私は感じています。

映画『愚行録』感想/「日本は格差社会ではなく階級社会」だという言葉は自分を写す鏡であるだけかもしれない件

妻夫木聡満島ひかりの共演で貫井徳郎によるミステリー小説を映画化した『愚行録』の感想/レビューになります。 羨望や嫉妬、駆け引きなど、誰もが日常的に積み重ねている「愚行」が複雑に絡み合っていく様を描いたミステリーを描く作品です。

2017年2月18日(土)公開 / 上映時間:120分 / 製作:2017年(日本) / 配給:ワーナー・ブラザース映画=オフィス北野

さてー!

愚か者の代表、立川あつです。

仕掛けられた3つの衝撃!という言葉に釣られて劇場に足を運んできました。

そういうことだったのかと思わず膝を打つような作品ってなんか良いですよね。

映画の一つの醍醐味ではないでしょうか。

さらに、今作では主役級の役者さんが多数出演する作品で、邦画が好きな方は特に注目していた方も多いと思います。

しかし、期待したり楽しみにしたりそういった類の作品ではありませんでした。

はっきり言って、嫌な気持ちになります。(笑)

なので、エンタメを求めて観に行くというのは避けた方が良さそうです。恋人同士や家族で観ても、お葬式の後のような雰囲気になって劇場を後にすることになります。

そういった意味で、閲覧注意の映画なので気をつけてください!

これから先、映画本編のネタバレが含まれます。また、内容は批評や論評ではなく、感じたことを書き出しただけのものです。友人と見終わった後に「あーだこーだ」言いい合う時のような軽い気持ちで読んでいもらえると嬉しいです。なお、コメント大歓迎なので気になったことがあれば、是非コメントを残して言ってください!

ハイライト

ある家族を襲った凄惨な殺害事件。その被害者である田向家は、エリートサラリーマンの父親に美しい母親、礼儀正しい娘、という誰もが羨む理想の家族であった。 それから1年、週刊誌の記者・田中(妻夫木聡)は、迷宮入りした事件の真相に迫ろうと改めて取材を開始する。一方で、田中自身にも妹が育児放棄による児童虐待の罪で捕まるという問題を抱えていた。

殺害された夫・ 田向浩樹 (小出恵介) の会社同僚の渡辺正人 (眞島秀和) 。妻・友希恵 (松本若菜) の大学同期であった宮村淳子 (臼田あさ美) 。その淳子の恋人であった尾形孝之 (中村倫也) 。 メモを片手に次々と関係者から証言を集める中で、理想的な夫婦の外見とはまったく違った実像が浮かび上がってくる。

田中は、その内容を新たに掲載すると記事を読んだ大学時代に浩樹と付き合っていた稲村恵美 (市川由衣) から、犯人を知っているという連絡を受ける。稲村から話を聞いた後、さらに宮村からも夏原に人生を壊された、つまり犯人の可能性がある人物を思い出したという連絡が届く。「その人のようになりたくない」と語る宮村の話を聞く田中。しかし、その手にはもう取材に必要なメモ帳は握られていなかった…。

ネタバレ感想

印象的な冒頭シーン

私は、冒頭のバスの中から始まるシーンがかなり印象に残っています。

おじさんにお年寄りに席を譲るよう促された田中は、バスの中で盛大に転び降りた後も足をひきづりながら歩く。それを見てバツの悪そうにするおじさんを乗せたバスが通り過ぎるのを確認すると、そこからは普通に歩きだす…。

なんという愚かな行為。はっきり言ってこんなの単なる当てつけですよ。

本来、お年寄りが近くにいたらすぐ降りるのでと言って席を譲れば良いじゃないですか。

田中の行為はまさに愚行と言って良いでしょう!

と盛大にディスってみたのですが、実は私自身、同じような妄想をしたことがあるとここで打ち明けたいと思います。(笑)

田中は、私です。

妄想をしている時は、特に愚かだと自覚はなかったのですが、こうやって客観的に見ると明らかに愚行ですね…。

言い訳ではありませんが、決して席を譲りたくない訳ではないんです。そもそも疲れて座ってたいと思う時以外、座らないですし。

ただ、何だか偉ぶって促してくる相手に対しての反発があるだけで…と言ってみても愚かであるこに変わりありませんね。

あっ、もちろん実際にやってる訳ではないですよ。今のところ、思い留まってはいます。(笑)

正直このシーンには、はっさせられました。

私だけでしょうか?私だけでしょうね。たぶん。

3度の衝撃よりも胸糞悪いが勝ってしまう件

この映画の公式ホームページや特集を読んでいると、3度の衝撃的なシーンがあると強調されています。

ただ、正直に言って衝撃的な事実よりも胸糞悪さの方が勝ってしまって、あまり驚くことはできませんでした。

去年だと「怒り」が胸糞!衝撃的な事実!ということで話題になりましたよね。こちらは、まだ若干の救いもありました。

しかし、今作ではそういった救いはなく、暗い雰囲気からひたすら暗闇に落ちていく感じがします。

ただただ、胸が苦しくなってしまいました。

観ている時はあまり意識出来なかったんですが、衝撃的な事実とは一体どれだったんでしょうか。

  • 田中が、宮村を殺してしまう
  • 妹の光子が真犯人であったこと
  • 光子の子供の父親は、兄であったこと

振り返ってみるとこの3点でしょうか。おそらくそうですよね。

しかし、伏線とそこに至るまでの助走のような展開があるので、やっぱりそこまで衝撃的という感じではありませんでした。

何より、真相が明らかになるに連れて、嫌な気持ちも加速していきそっちの方がどうしようもなく心を支配してしまいます。

イヤミスなんて言葉が最近流行り出していますが、正にそれ!閲覧要注意です。

人にはオススメ出来ない作品です。

他人は自分を写す鏡

自己啓発書に良くでてくる印象の「他人は自分を写す鏡」という言葉。

正に、この言葉を形にしたよう映画だったように思います。

田所も夏原も周りをモノのように利用する人格的には、褒められない人物です。

田所の同僚・渡辺はあんな良い奴がと涙をこぼす訳ですが、それは女を利用することを悪いと思わない人格の持ち主だからこそ、そう思えたということになります。

客観的にみたら、両方ただのクズですよね。(笑)

宮村から見た夏原もかなり偏った見方が反映されています。「日本は、格差社会じゃなくて階級社会だ」という言葉からは、自分がそのように周りを見ているということが反映されています。

劇中では、大学内の人たちをお金持ちの内部生とそれ以外に分けて、内部生とつるんでいる夏原を嫉妬しています。一方、光子は羨望の対象だったようです。

この違いに関しては、自己肯定感というかプライドに関係してきているようでした。プライドが高い宮村は嫉妬し、虐待の経験から自分に自信を持てない光子は羨望することになるということでしょう。

外から見ると、「金持ちやスクールカーストなんて意識しないで自分の好きなようにやれば良いのに」と思っちゃいますよね。

とかっこつけてはみても「気持ちは分からなくはないか」と思うところもあります。誰だって輝いて見える人たちと仲良くしたいでしょうしね。

まあ、階級とまで言い切っちゃうのはかなり偏ってますけど。。。

映画を観た人と語りたい気になったポイント

稲村恵美の子供の親は一体誰なのか

赤ちゃんを連れて取材を受ける稲村ですが、最後の方に「似てきたでしょ?」と田中に尋ねて切り替わる意味深なシーンがありましたよね?

これは、普通に考えると田向との間にできた子供だということを示唆したということで良いんでしょうか。

愚行録の話のテイストから言っても、2番目の恋人という話の流れからしてもそうだと思うのですが、だとしたらより一層胸糞が悪い話になりますよね。

あなたの「あるある」な愚行は?

「愚行あるあるを曲にのせて歌っても良いですか?」というのは、この映画の雰囲気に合っていないので辞めておきます。笑

愚行の経験がないという人は、おそらく世の中に存在していないですよね。私自身、妄想ではありますが冒頭のシーンと全く同じことを考えたことがありました。

この映画では、そんな現実世界では絶対人には言えない愚かな行いを客観的に描いているように感じました。

ひょっとしたらみなさんも「こんな人周りにいる」あるいは「自分自身思い当たるところがある」なんて愚行があったんじゃないでしょうか?

もし、あればそれがどんな行いか、ここだけの話教えて欲しいです!ってこれもひょっとして愚行でしょうか?笑

なんで妹は育児放棄をしたのか?

最後に、妹・光子の子供の父親が兄であることを示唆してこの映画は、幕を閉じました。最後まで一貫して胸糞悪いですね。

近親相姦に関しては賛否あって当然ですが、傷ついて心の拠り所のない光子が唯一信用している兄を頼るというのは、責められないことのようにも思います。

ただ、それが兄の子供だったとして光子が育児放棄をする理由はなんだったのでしょうか?

その原因となる確信が、この映画の中では描かれていなかったような気がしています。

みなさんは、わかりましたか?原作を見ればわかるのか、単純に私が見逃していたのかわかりませんが、その点が気になりました。

※映画をどう見たかは人それぞれの解釈があると思います。みなさんの意見を聞かせていただけるとありがたいです!

まとめ

監督を務めている石川慶氏は、海外の映画学校を出ている方だそうです。その割に、王道の邦画サスペンスらしい作品だったように思います。

光子の不幸を描くときの手が出てくるところなんかは、いかにもな日本ホラーっぽかったり。

ひたすら胸糞悪い映画というのは、日本だと「告白」や「怒り」もそうですし、海外だと「ファニーゲーム」や「メメント」など一定数あり、ひとつのジャンルとして確立されているのかもしれません。

ただ、いつ、誰と見るのかに関しては、かなり慎重になる必要がありそうです。

間違いなく、家族向けや恋人同士で観るタイプの映画ではないと断言しておきます。

愚行録の原作小説をチェック!

私は、まだ原作を読んでいないですが、映像化不可能と言われるようなインタビュー形式で書かれている小説になっているようです。

映画と小説というのは一緒にできないものです。実際、今回の映画化にあたって削らなければいけなかった内容、描写もかなりあるでしょう。

私自身、光子が育児放棄する理由を掴みきれませんでしたしね。そういった内容も原作を読めば見えてくるかもしれません。

気になる方は是非チェックしてみてください!

劇場版『ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール- 』感想/SAOのオールスター共演!ストーリーを追うだけの映画の時代は終わっていた件

人気テレビアニメの劇場版『ソードアートオンライン/SAO -オーディナルスケール- 』の感想/レビューになります。全世界シリーズ累計1900万部発行の大ヒット小説を、原作者・川原礫が自ら書き下ろした完全新作ストーリーで映画化した作品です。

2017年2月18日(土)公開 / 上映時間:119分 / 製作:2016年(日本) / 配給:アニプレックス

さてー!

ARへの期待感がハンパない、立川あつです。

私は、テレビアニメのシリーズをかなりガッツリ見ていたので、めちゃくちゃ楽しみにしていた作品です。

といっても、好きなのはアインクラッド編だけで1期のそれ以降は1回しか見てないし、2期に至っては第4話くらいまでしか観ていない始末です。

スカルリーパーとのバトルのとこが特に好きなんですよ。あの、仲間が一撃で死んでいく絶望感。。。最高です。かといってそのあとのラストは、イマイチ響かなかったんですけどw

かなり熱いファンも多い作品なので、そんな状態で観に行ってしまってすいませんということだけは、一応謝っておきたいと思います。

といった感じ保険もはったところで、劇場の話に。

まず、やばかったですね。何がやばいってレイトショーにも関わらず完全に満席でしたよ!

初日だからということもあると思いますが、さすがに夜遅くの回まで満席にしちゃうあたり原作人気の高さがひしひし伝わってきてきました。

そして、やや暑い。笑

今日は、比較的2月にしては暖かい日だったといえ空調に気を使っているはずの映画館が、暑かったんですよ。

SAOファンはやや体温が高いらしいということを肌で感じましたね。うん。

そして、映画の内容自体も実際かなりあついものでした。

東京の至るところで始まるARを利用したバトルシーン、ARアイドル・ユナの歌声、オーディナル・スケールというゲームに隠された陰謀、そしてファン感涙間違い無しのオールスター共演。

特に、バトルを鼓舞するようにはじまるユナの歌は、本当に胸熱でしたよね!!!

これは、サウンドトラック購入案件。劇場を出た瞬間に、アマゾンでポチっちゃいました。

とにかく、きっちりファンの期待に応えてくれるような作品になっていたと私は感じました。ファンなら絶対劇場に足を運ぶべきですよ!

後半に、映画を見たひと語りたい「気になったポイント」をまとめていますので、暇な方は是非意見を聞かせてくださいね。

これから先、映画本編のネタバレが含まれます。また、内容は批評や論評ではなく、感じたことを書き出しただけのものです。友人と見終わった後に「あーだこーだ」言いい合う時のような軽い気持ちで読んでいもらえると嬉しいです。なお、コメント大歓迎なので気になったことがあれば、是非コメントを残して言ってください!

ハイライト

革新的マシン「ナーヴギア」の開発から4年。VR(仮想空間)世界へのダイブ機能を排除した代わりに、AR(拡張現実)機能を最大限に広げた最先端ウェアラブル・マルチデバイス「オーグマー」が発売された。オーグマー専用ゲーム“オーディナル・スケール(以下OS)“は人気を集め、帰還者学校の生徒には無料で配布されるこのデバイスアスナたちは夢中になっていた。しかし、VRへの思い入れが強いキリトはあまり乗り気ではなかった。

ある日、OS内でのバトルにアインクラッドの階層ボスが出現するという噂を聞きつけた二人はバイクで現場に駆けつける。AR(拡張現実)アイドルとして人気を博す《歌姫》ユナが歌う中、アスナは、OS内で高い《ランク》を誇っている謎の青年エイジと共に第10層ボスを撃破する。代々木など次々と開催されるイベントに出現するアインクラッドのボス。そこに参加する風林火山のメンバーは、次々とエイジに襲撃されてしまう。

クラインと連絡がとれなくなったことを不審に感じたキリトは、ユイと共に調査に乗り出す。途中、謎のフードを被ったAR幽霊を目撃するトラブルはあったものの、ユイのデータから次の階層ボス出現場所を特定することに成功する。リズ、シリカと共に攻略に向かうアスナであったが、なぜかそこには法則を無視した第91層ボスが出現する。アスナは、シリカを守って攻撃をうけるが、その際アインクラッドでの恐怖体験がフラッシュバックしSAOでの思い出をすべて失ってしまう。

一連のアインクラッド階層ボスの出現はSAOサバイバーの記憶を奪うことだと気付いたキリト。何度かキリトの前に現れていた幽霊の指差す方向がオーグマーを開発した大学であることを突き止め、記憶喪失との関連を追求する。確信は得られなかったものの教授の娘は、SAOの犠牲者・悠那であることが判明する。

良い思い出ばかりではなかったと語るクラインの言葉に揺れるキリト。しかし、SAO時代に天体観測をして指輪を渡すという二人の約束を叶えるために、アスナの記憶を取り戻すことを決意する。AR幽霊のアドバイスもあり、キリトはなりふり構わず一人でボス攻略に奔走し急激にランクを上げていく。

そんな中、帰還者学校に通う生徒が無料招待されているユナのライブイベントが始まる。そこで、決着をつけるべくキリトはエイジと対峙し激しいバトルを展開。アシストデバイスを使っていることを見抜いたキリトは、それを引きちぎり勝利かというところで教授の謀略を聞かされる。一方、会場ではユナの歌が終わると共にアインクラッド上層部の強敵が出現し始めていた。

SAOサバイバーが記憶を奪われるのは、犠牲となった娘・悠那をARを利用して蘇らせるためであった。オーグマーが帰還者学校に無料配布されていたのも、ユナのライブに招待されていたのもすべては、ライブ会場にいるSAOサバイバー達の記憶をスキャンするため。その際、脳にダメージを与え死に至らしめる可能性があるが、それを知らないライブ参加者は何も知らないまま次々とバトルへと参戦していく。。。

ネタバレ感想

ストーリーを追うだけの映画の時代は終わっていた件

映画はストーリーを追いかけるものだという時代があったのか定かではありませんが、この作品を期に音楽にもしっかり興味をもって見ようと決意しました。

ARアイドルというおそらく、日本にしか生まれないであろう最先端の存在。正直、普段からあまり音楽を聞かないので全くノーマークでした。

映画では、BGMが多様されるというのは当たり前で、音楽が強調されるものも数多くありますよね。ただ、ちょっとメタ的に観ると「もし自分がストーリーの中にいれば音楽かかってるわけないしな」とか、冷めた目で見てしまうこともあったわけですよ。

ただ、この設定ならその場に自分がいたとしても、音楽が流れてるわけですからね。冷めようがないです。

この点だけでも、結構斬新でした。

そしてしょっぱなから、第10層ボスとのバトルシーンでのユナの歌声に、戦闘意欲をかきたてられてしまう私。

恥ずかしながらアラサーでやや年齢層的に浮いているのにも関わらず、かなり熱くなって完全に前衛に立っている気になる私。笑

「職業は、気持ち的にタンクやってます!」と叫びたくなる衝動を抑えつつ、音楽の作り出す映像への没入感に浸っておりました。

冒頭の十数分間のこの展開で私は、完全に入っちゃってましたね。ストーリーに。そして、ファンになっちゃってましたね。ユナちゃんに。

きっちり、劇場の中でドームコンサートまでやってくれるんだから、ファンになる甲斐があるってものです。

シリカちゃんがカバーしていたアイドルアイドルしていた曲も良いですが、私はやっぱ戦闘中に流れる「longing」という曲が気になっています。

いやー!早く届かないかな。佐川がんばれ!

アインクラッド編の余白を埋めてくれるのがありがたい

面白いんだけど、いかんせん余白の多いアインクラッド編。他の階層ボスにはどんなキャラがいたのかとか、主要メンバーじゃない人たちのストーリーも気になるところでした。

この映画では、ストーリーはあくまでアインクラッドの延長にあるような作りで、テレビアニメでは出てこなかったボスキャラが多数出現してくれましたね。ただ、最初の侍以外はあんまりカッコ良いキャラいなかったなぁ。

さらに、積極的に戦うことができなかったエイジ、好きな歌を披露して周りを元気づけながらも圏外へでて死んでしまった裕那が新しく登場しました。

当然、戦えなかった人たちもいたし、戦おうとして散っていったひともいるといことがしっかり描かれていました。

この意味ってすごく大きいなと私は感じました。

というのもSAOって、もはや「俺TUEEEEE!!!」の代名詞的な作品になってしまってるじゃないですか。笑

それはそれで悪いところだとは言いませんが、それでもやっぱどっかでバランスをとらないとくどくなっちゃうんですよね。

そういった意味で、相対的にテレビアニメ版の完成度高めるような作品にもなっていました。

今回の映画でもまだまだ余白だらけで、できれば全部の階層のエピソードを知りたい!という気もするんですけど、それだと逆に作品としての完成度は落ちるんでしょうね。

おそらく、余白が残ってるくらいの方が色々想像できるし、ひとの数だけエピソードが残されてるんだという期待感のようなものがある方が楽しみがなくならなくて、良さそうです。

オーグマーに隠された陰謀も嫌いじゃない

バトルや音楽などいろいろ注目ポイントがあって、おそらく陰謀の部分について語るひとは少ないのかなと思っています。

SNSなんかを見てもあまり触れられていないですね。

けど、私は唯一うるっときたのがこの陰謀が明らかになるところでした。

正直、印象ではあまり血が通っているようには見えない教授ですよね。

コネを使って手に入れてプレゼントしたVRマシン。娘によく思われたいという愚かさによって、殺してしまった自分を責める姿はなかなかぐっとくるものがありました。

主人公やヒロインではなく、こういった親心みたいなところに感動してしまうのは、年のせいでしょうか?笑

けど、実際責められないんですよね。子を愛する親の気持ちなので。良いか悪いかでいったら悪いに決まってるし、なんなら極悪なわけですが責めることはできず、ただただ悲しくなってしまうという。。。

私は、泣けた分だけ追加料金を払っても良いと思うくらい、泣けるシーンが好きです。なので、この隠された陰謀。個人的には好きでした。

効果音が全然SAOじゃない!

音楽とは全然違うんですが、効果音についても触れておきたい。これは、かなり重要なポイントだと思ったので。

SAOでは、やっぱりゲームであってゲームでしかないので、当然効果音はゲーム用のものなんですよね。

ソードスキルを貯めるキュイーンという心地よい音は、アインクラッド編では何度となく聞きました。

ただ、それがARの世界であるせいか効果音が作られたデジタル音ではなく、かなりリアルに寄せられていたように感じました。

鉄と鉄がぶつかりある音。爆発音。VRでの音とは明確に違う形で作られたものでしたよね。

まあ、それだけなんですけどこれが、二次元アニメなのに妙な現実感を体験出来る理由の一つなのかなとも感じました。

映画を観終わった人と語りたくなる気になったポイント

キリトはなんでアスナの親に会いたくない?

アスナおっぱい枕…イチャラブシーンは、ひとつの見どころでしたよね。アインクラッドでの約束。リアルで流星を見るときに指輪をプレゼントするという事は、現実的にはプロポーズに近いものを意味していると思います。

ただ、いかんせん解せないのが親に会うということになると渋るキリトの態度。正直、若干の不快感を持ってみてしまっていました。

結婚まで考えているという二人なら、親に会うのは当然なわけで「なにお茶を濁すような言い方してんだ」と思ったのは私だけでしょうか?みなさんはどう感じましたか?

第100層ボスは明らかにチート設定だった?

この映画でのクライマックスはなんと言ってもラスボスとのバトルですが、若干気になったのがチート的な強さ。中でも、ヒールはSAOのスキルだけでは攻略できない設定だったように思います。

シノン達がいなかったら、SAOには確か飛び道具がないので撃ち落とすことができないですよね。

SAO参加者だけでは、攻略できないはずのボスキャラが登場したのは「アニメシリーズとの一貫性がないんじゃ。」と気になりませんでしたか?

  • 映画を盛り上げる為のご都合主義
  • ゲーム製作者のカヤバは、自分が代わりを務めるつもりだったから攻略できないチート設定にしていた
  • そもそも、アインクラッドは攻略不可能なゲームだった

いろんな可能性がありますが、個人的には2番目だったと信じたいです。笑

ラスト/エンドロール後の次回作の示唆に関して

エンドロール後、SAO will returnで幕を閉じる。これは、次回作の告知と考えて良いものと思われます。

思われますというか、思いたい。切実に。笑

教授はどこか地下研究所のような場所に連れて行かれ「ラース?(覚えてないw)」という、なんらかのシステムの運用を任されることにったようです。

カヤバアキヒコを生んだゼミの教授ですからね。ラスボス感が半端ないです。ただ、まだ映画になるのかテレビアニメになるのかは、確定してなさそうです。

もし、続編ができるとしたら、みなさんはテレビアニメが良いですか?劇場版が良いですか?

個人的には劇場版ですが、やっぱテレビアニメの方が長期的に楽しめるし、そっちを期待している人が多いし現実的なような気がします。

※解釈は、人それぞれなので色んな意見を聞きたいです。「自分は、こう思う!」で構いませんのでコメント残していってもらえると有難いです。もちろん、ここで挙げられているポイント以外にも気になったところがあれば教えてください!

まとめ

最近は本当に劇場体験向きの映画が増えてきたなと思います。

この作品ももちろんそうで、とくに音響が映画館の設備で聞くのか家のテレビのスピーカーで聞くのかで全然違う印象の作品になるかもしれません。

是非、劇場に足を運んでみてください!

本来、最後のオールスター共演のところが一番の盛り上がりなんですが、そこはあえて書きませんでした。

というのも、レビューサイトでみるとサプライズ登場するキャラがいるみたいなのですが、2期の途中までしかみていない私には認識できなかったからです。笑

一旦、テレビシリーズを全部見返して、その上でもう一回劇場に行くつもりです!そのうえで、クラマックスは追記しようと思います。

もう一度「ソードアート・オンライン」を復習しよう

映画化に合わせて、電撃stationにて前編ソードアートオンラインの特集をやっているみたいです。一期二期通じてのバトル特集から映画の情報、様々なコレクターズアイテムまでついて1000円程度なのでお買い得なのではないでしょうか。劇場版の予習、復習に是非!

映画『相棒-劇場版IV- 首都クライシス 』感想/さすが社会派エンタメ!これぞ相棒!

水谷豊が主演を務める人気テレビドラマ「相棒」シリーズの劇場版第4作目の『相棒4/相棒-劇場版IV- 首都クライシス』の感想/レビューです。日本に姿を現した国際犯罪組織の大物を、卓越した推理力を持つ主人公、杉下右京ら特命課の刑事たちが追いかけるクライムサスペンス。

2017年2月11日(土)公開 / 上映時間:120分 / 製作:2017年(日本) / 配給:東映

さてー!

バディ映画大好き、立川あつです。

実は、私。この『相棒』シリーズほとんど観たことがありません。

話題になっていたseason5第11話の「バベルの塔」やseason9第8話の「ボーダーライン」、数々の賞を獲っていた『相棒 -劇場版- 絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン』を観ているくらいです。

長年愛されているテレビドラマシリーズというのは、キャラへの愛着があるかないかで全然見方が変わってくる作品になります。

そんな中、劇場版だけちょろっと観に行くというのはファンの人からすると怒られそうな気すらしますが、私はいわゆるバディ映画が大好物なので思い切って公開初日に観てきました!

初日の一発目の上映のためか、劇場は満席!年齢層としては、やや高齢の人が多めかなという印象でした。

さすが、長年やっているシリーズものだけありますね。

内容はというと、バディものという二人を強調した作品ですが、何よりも壮大なスケール感に驚かされました。

コアなファンはもちろん、シリーズを全くしらない初見でも楽しめるように作られているので、気になる方は是非劇場に足を運んでみてください!

ネタバレ

ハイライト

 7年前、英国で日本領事館にて凄惨な集団毒殺事件が起こり、その唯一の生き残りだった少女が国際犯罪組織によって誘拐されていた。そして現在。国連犯罪情報事務局・元理事のマーク・リュウ鹿賀丈史)が、レイブンを追って香港から来日。特命係の杉下右京(水谷豊)と冠城亘(反町隆史)は、案内役としてそのリュウに同行していた。その矢先、リュウの部下が、「天谷克則という男を調べてくれ」というメッセージを残し、首に黒い羽のタトゥーを入れた男に射殺される。

 そしてある日、外務省のホームページに7年前に誘拐した少女=鷺沢瑛里佳の現在の姿が公開され、「大勢の人々が見守る中で、日本人の誇りが砕け散る」という意味深なメッセージと共に約9億円の身代金が要求される。誘拐事件の全貌が明らかになって、対応をせまられる政府はこれをテロと断定。特命係の2人は独自に動き、過去のメンバーやリュウと連携しながらバースを追い詰めていく。そして、ついにアジトを突き止めるが瑛里佳を残して、すでに逃げられていた。

 様々な思惑が交錯する中、リュウが被害者の一人となった異物混入事件の物証から、犯行グループが50万人分の致死量がある毒物を所有していることが判明。目的は、東京・銀座に50万人以上の見物客が集まる世界スポーツ競技大会の日本選手団の凱旋パレードへの無差別大量テロだった。現場に駆けつけた二人は、監視カメラを狙撃する男を格闘の末、確保する。真相に近づきつつあった右京らは、ついにレイブンを屋上で追い詰めることに成功するが…。

ネタバレ感想

映画らしい壮大なテーマ

扱っている題材や隠されたメッセージ性は「これぞ映画」って感じな壮大なスケールで描かれている作品でした。

ある意味、随分と大風呂敷広げたなというのが観ているときの印象で、なんだか盛大にお金をかけて撮った海外ドラマのような感じでしたよね。

というのも本来、「日本人というだけで女子供関係なくテロの標的になる」というのは、あまり実感できないことです。

しかし、まさにそんな日本人的な感覚に対して警鐘を鳴らすような作品として作られたのが、この映画だったように思います。

映画の方から世の中に問いかけるようなスタイル。

さすが、社会派エンタメ!これぞ、相棒という題材と結末でした。

身代金目的の無差別大量殺人のテロリストと思われた、真犯人レイブン。しかし、真の目的は、かつて日本に捨てられた自分が未遂テロ事件を起こすことでした。

偽りの平和を保ち、都合の悪いことを無視しようとする国へのメッセージとして。

この国際犯罪組織との対峙を描いてきて、決着がついたと思ったところから一捻りある真相に右京だけが辿りつくというのが、相棒ワールドですごく良かったですよね。

SNSなんかを観ているとレイブンの正体が、バレバレだったことを指摘している人が結構いました。

確かに、あの顔力で伏線っぽい演出があれば黒幕に決まっているというのは、その通りだと思います。200%の黒幕顏ですかね。笑

ただ、「正体が分かってしまうことで、面白さが損なわれることはないでしょ!」というのが私の感覚です。

真相は、さらにその黒幕が心の奥に秘めていた動機に隠されていたわけですから。正体自体というのは、あまり重要なポイントではなかったんじゃないでしょうか?

とにかく、広げた風呂敷の分だけの内容が詰まった作品だったと私は感じました。

凱旋パレードとの対比が胸熱!

雑踏としたパレードが行われるなか、真実をを追い求める人達というのは映画では何度も使われてきた演出ではありますが、それでも胸熱なものがありましたね。

これはもはや映画を盛り上げる鉄板演出なのかもしれません。

銃弾が監視カメラにガンガン打ち込まれるところは、さすがに周りのひとが気付いてパニックになるだろ思いましたが、まあそこはご愛嬌といった感じでしょうか。笑

日本映画であそこまでエキストラを動員して壮大に撮影する映画って、少ないですよね。このクライマックスの盛り上がりを見るだけでも映画館に足を運ぶ理由になるんじゃないでしょうか?

過去のキャラクターはそろい踏み!も自分にはあまり…

六角さん扮する米沢守は、登場するだけで笑いが起こるような存在だったのですが、正直私にはキャラへの愛着を楽しむということが出来なかったのが残念です。

といのも、冒頭に書いた通り話題になっていた回しか見ていないので、キャラクターの個性も把握しきれていないし愛着も出来上がっていない状態でした。

今作を見るだけでも、十分一人一人の個性は伝わってくるのですが、それでもテレビドラマシリーズを見ているひととはくらべものにならないでしょうね。

長いシリーズもので、なかなか手を出しにくいというのもあるのですが、五代目相棒として仲間由紀江さんが挙げられていたり、まだまだ続く気配があるのでこれを機会にテレビドラマもチェックするようにしたいと思います。

とりあえずは、この解説が非常に安いので早速ポチっちゃいました!笑

まとめ

テレビの2時間スペシャルで良いんじゃないという印象になりがちな劇場版ですが、今作ではしっかりお金を払って見る映画としての役割を果たしているような出来でした。

気になっている方は、ぜひ劇場まで足を運んでみてください!

相棒劇場版、ドラマを一気に観たいならTSUTAYA

今回、公開初日に劇場に足を運んだことで、改めて『相棒』の人気の高さを肌で感じることができました。

一人一人が漫画のような映えたキャラクターを持っているいるだけでなく、社会問題なんかも鋭く突いてくるスタイル。

人気が出ないわけがないですね。

時間がかかるとは思うのですが、私はTSUTAYAで一気借りして少しづつ消化していこうかと思っています。

映画『マリアンヌ』感想/色のついた『カサブランカ』みたいで美しい!ブラピもマリオンも美しい!

フォレスト・ガンプ 一期一会」のロバート・ゼメキス監督の最新作マリアンヌの感想/レビューです! プロデューサーとしても才能を発揮するブラット・ピット、『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』のマリオン・コティヤールが共演する話題の作品。

2017年2月10日(金)公開[PG-12] / 上映時間:124分 / 製作:2016年(米) / 配給:東和ピクチャーズ

さてー!

ファイトクラブ』のブラピが大好きな立川あつです。

いつのまにかアラフィフへと突入しているブラピ。共演しているヒロインとの浮気が原因で離婚したのではというニュースが流れたりもしましたね。(あくまで疑惑)

何をかくそう今作で共演したマリオンが、その相手です。

それを知ってしまうと、どうしてもアンジーの影がちらついてしまうのは仕方ないでしょう。

二人は秘密諜報員、つまりスパイを演じています。Mr.&Missスミ…

こうなるともう影どころか実体がちらついて突進してきそうな勢いですが、あまり先入観を持たずにフラットな気持ちを作って、劇場に足を運びました。

劇場は、平日ということもあってかティーンはほとんど皆無。

内容としても、古典的なラブロマンスにスパイエッセンスが加わっているという感じで、かなり好みは分かれそうです。

1940年代の名作カサブランカをかなり意識した映画になっているので、好きな人は見比べてみると楽しめるかもしれませんよ!

これから先、映画本編のネタバレが含まれます。また、内容は批評や論評ではなく、感じたことをそのまま書き出しただけのものです。友人と見終わった後に「あーだこーだ」言いい合う時のような軽い気持ちで読んでいもらえると嬉しいです。なお、コメント大歓迎なので気になったことがあれば、是非コメントを残して言ってください!

ハイライト

秘密裏に北アフリカのフランス領モロッコのカサブランカに送られたカナダ人スパイのマックス(ブラッド・ピット)は、反ナチスレジスタント活動をするフランス人のマリアンヌ(マリオン)と夫婦を装ってカサブランカに潜入する。ドイツ人大使暗殺という難しい任務の中徐々に2人の仲は深まっていく。文字通り死線を潜り抜けた2人は、結婚を決意しロンドンで再開する。

ドイツ軍の爆撃が日常となっているロンドン。そんな中でも2人は子どもを授かり幸せな夫婦生活を送っていた。しかし、極秘情報部に呼び出されたマックスはマリアンヌに2重スパイの容疑がかけられるていることを告げられる。さらに、72時間以内に無実を証明できなければ、自らの手で処刑しなければいけなくなってしまう。

それでも、妻を信じたいマックスは、命令に背き独自でマリアンヌのめに奔走する。なんとか過去の同胞を見つけだし、ピアノが弾けるかどうかが鍵であることを掴むことができた。ロンドンに戻ったマックスは、マリアンヌを酒場に連れて行き、ピアノに座らせ無実を証明するようせまる。そこではじめて、マックスは彼女に隠された真実を知ることになる。

ネタバレ感想

主演の2人はどこまでいっても絵になる

1940年代のカサブランカから始まるストーリー。愛を育むには、あまりにも厳し環境です。

ただ、そんな中だからこそ2人の装いや振る舞いが非常に、映えていましたよね。

紫のドレスを着てクラシックな色合いの赤い口紅を塗っているマリオンの美しさ。女性なら真似したくなるんじゃないでしょうか?

もちろんブラピの年を感じさせない色気も流石でしたね。

白いシャツにややワイドなパンツを着こなしになしに目を見張らざるを得ないです。

ファイトクラブ、イングロリアスバスターズなど様々なイケメンっぷりを届けてくれるブラピですが、今作でも見事にやってくれていました。

ファンタビでもそうだったんですが、当時のクラシックな欧米のファションは今から見ても格好良いですよね。今だとなぜかTシャツ短パンのイメージになっちゃってるんですけど。(笑)

流石、アカデミー賞で衣装賞にノミネートされているだけあります。

女性はもちろん好きでしょが、男から見ても抜群の格好良さです。

時代背景もあってかタバコを吸うシーンも多様されていました。

良い夫は、まず妻にタバコを勧めるものらしいですね。(笑)

個人的にはあまり、好きではないんですが時代を彩るファションとしてのタバコには、否応なしに独特な魅力がありました。

これを見たスモーカーの人は、喫煙が捗りそう。(笑)ひょっとしたら、その場で吸いたい衝動に駆られた人もいると思います。

そらくらい、印象的でした。

この映画の雰囲気は、カサブランカでおなじみなのですが、評判通りでしたね。

最初のレストランのシーンなんかは特に、カサブランカがカラーで蘇ったようでした。写し出される画面の美しさだけでも、見る価値ありです!

ストーリーはというと…

正直に言って内容はというと、かなり酷評よりにならざるを得ない出来だったように思います。

ただ、これはあくまで古典的なラブロマンスを踏襲しているだけあって仕方のない部分ではあるんですよね。

愛はすべてに勝ることが前提になっているので、捻くれている私には突っ込みを入れたくなる箇所が多々ありました。

マックス、真相突き止める為に犠牲出し過ぎだろとか。(笑)いくら妻の為とはいえ、愛を優先し過ぎて完全にダークサイドに落ちてしまっていました。

女性としては、あそこまで踏み外してしまうのは嬉しいものなんでしょうか?

映画にリアリズムを持ち込みというのは、あまり良くないのは理解してます。

ただ、あくまで絵として楽しむことは出来てても、ストーリーやキャラに感情移入するには、あまりにも世界観が綺麗過ぎたのかもしれません。

なので、衝撃的と煽られていた結末に関しても「でしょうね」がどうしても勝ってしまいました。

マリアンヌはドイツのスパイで、敵のマックスと結婚し情報を送っていた。しかし、カサブランカにいた頃から愛はあって、裏切りはドイツ軍に見つかり子供にを殺すと脅されていたからだということです。

はっきり言って、ミステリーとしての驚きは全くといってありませんでした。残念なことに。(笑)

スパイ疑惑が、本当に単なるスパイでしたというのは、ストーリーとして成立しないですしね。

さらに、その先マックスがマリアンヌを連れて、海外逃亡に成功していたらそれはラブロマンスというより、おとぎ話のレベルの話になってしまいます。

なので、マリアンヌの自殺のシーンというのも見せ場ではあるはずなのですが、気持ち的にはあくまでフラット。

「でしょうね」といった感じでした。

最後まで、俯瞰として絵を観ているような感覚で終わってしまったのが、残念です。

まとめ

世界観に入り込めるかどうかで、評価が分かれると思われる今作ですが、私は残念なかがら厳しめでした。

こういったタイプのラブロマンスはおそらく、女性の方がフィットするんじゃないでしょうか。

仕事よりも何よりも、愛を優先してくれる男。最後は、何もかも捨てて二人で逃げてくれるような男。現実には、なかなかありえないことだからこそ、女性には刺さるようなものがあるような気がします。

マリアンヌを観たら、カサブランカを!

カサブランカは、1940年代に作られた言わずと知れた名作ラブロマンス映画ですね。アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞という三部門を受賞し、ランキングが作成されれば確実に上位に食い込んでくる作品!

マリアンヌでもレストランのシーンやエンディングの飛行場などオマージュされている演出が随所にみられました。

1940年代のファッションが評価されアカデミー衣装賞にノミネートされたマリアンヌですが、カサブランカではリアルなアメリカ40’sファッションをみることができます。

今作の予習・復習のために是非チェックしてみてください!

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そのほかの関連作品

 

 

エディット・ピアフ~愛の讃歌~ (2枚組)

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映画『虐殺器官』感想/難解な中に強いメッセージ!あなたはどう答えますか?

2009年に34歳の若さで他界した伊藤計劃の小説を劇場アニメ化する“Project Itoh“ の第3弾。2月3日に公開された映画虐殺器官の感想をまとめています。

さてー!

SF大好き、立川あつです。

私は、この“Project Itoh“の存在をサイコパスというTVアニメの中で知りました。気になってはいたのですが、諸々事情があって三作目となる今作からの鑑賞となります。

近くの映画館で公開されていなくて、止むを得ず新宿まで遠征してきましたが十分その価値はあったかなと思える出来でした。

特に、近未来SF的な武器や戦闘装備の数々には度肝を抜かされました。

なんじゃこりゃ!かっこよすぎるでしょみたいな。笑

ただ、正直に告白するなら私には色々難しいところもありました。

というのも、長編小説を2時間に収めている為、背景やストーリーなど少しづつ見る側で補完しなきゃいけない展開があります。

それだけならまだ良いのですが、単純に語彙力が追いつきませんでした。笑

生得的や計数されざるなど、その場で辞書を引きたくなるような初めて聞く単語が出てきてしまったのも自分に対して残念な気持ちに…。

基本的に、本編の予習はしない派なのですが、この作品に関しては原作小説を読んでいた方が楽しめたかもしれません。

※結末に関して、原作とは違うストーリーになっているのか、それとも難しいストーリーを把握できていないだけなのか測りかねています。最後の方に自分の解釈を書いていますが、色んな人の意見を聞きたいので時間のある方はコメントを残していっていただけるとありがたいです。

【作品情報】

  • 監督は、「機動戦士ガンダムW」のキャラクターデザインなどで知られるアニメーターで、06年にWOWOWで放送されたオリジナルのSF作品「Ergo Proxy」では監督も務めた村瀬修功
  • 伊藤計劃の残したオリジナルの長編3作品を映画化する「Project Itoh」の1作
  • 制作を担当していたmanglobeに代わり、新スタジオ「ジェノスタジオ」が製作を引継いだ

これから先、映画本編のネタバレが含まれます。また、内容は批評や論評ではなく、感じたことを書き出しただけのものです。友人と見終わった後に「あーだこーだ」言いい合う時のような軽い気持ちで読んでいもらえると嬉しいです。なお、コメント大歓迎なので気になったことがあれば、是非コメントを残して言ってください!

結末までのハイライト

9.11のテロ以降、アメリカでは自由を制限し徹底的な情報管理をすることで平和を実現していた。一方、世界各地の発展途上国は、内戦や大規模な虐殺が横行する不安定な情勢が続いている。そんな中、世界の紛争地を飛び回る米軍特殊部隊クラヴィス・シェパード大尉に、謎のアメリカ人の追跡ミッションが下る。その男はジョン・ポールという人物でなんらかの方法で世界各国で起きている虐殺を牽引していることが分かっていた。

ラヴィスらは、ジョンが最後に目撃されたというチェコプラハで潜入捜査を開始し、ジョンと関係のあったチェコ語の教師をしている女性ルツィアに接近する。ファムファタール的な雰囲気を持つ年上の彼女に次第に惹かれていくが、同胞の計数されざる者に拘束されてしまう。ウィリアムズら特殊検索群i分遣隊の奇襲によって救出されるも、ジョン・ポールとルツィアは行方不明になってしまう。

その後、インドで虐殺を行っている武装組織にジョンポールが関わっているいることを掴んだアメリカ政府は、捕獲作戦のためクラヴィス率いる部隊を送り込む。圧倒的な火力で本拠地を急襲し、ジョンポール及び幹部を拘束。作戦は成功したかと思ったところで、護送機を襲撃され多くの仲間を失うだけでなく、再びジョンポールにも逃げられてしまう。

しかし、しつこく潜伏先を突き止めるアメリカ情報軍は、クラヴィスに暗殺指令を出す。クラヴィスは単にジョンポール殺すためではなく、ルツィアとの再会を願って無茶な作戦を実行しなんとか2人との接触に成功する。そこで、彼から語られたのはアメリカを守るために発展途上国で意図的に虐殺を引き起こしているという衝撃的な事実であった。

ネタバレ感想

分からないなりにメッセージ性には共感してしまう!

私は、原作小説も読んでいないですし、“Project Itoh“の作品を見るのも初めてなので、自信を持ってこの映画を理解したとは言い難いです。

それでもこの作品が好きな理由は、結末でジョンポールが語る内容のメッセージ性にあると思います。

途上国で内戦や虐殺などの政情不安を意図的に作り出し、母国の平和を実現する。要は、外に飛び火するような余力を奪う為に、悪意を持った隣人には隣人同士仲良く殺し合ってもらうという内容。

私は、ここに強烈なメッセージ性を感じました。

決してこれが正しいというわけではないですが、どこか本音を抉られたような気持ちになったのは私だけでしょうか?

言うまでもなく世界が平和になれば良いですが、現実的に難しい時の選択としてもし自分にそれを実現できたら…虐殺の文法を知っていたら…

正直、ジョンポールの立場を支持してしまっている自分がいます。自分たちの国は、それで平和かもしれませんが、決して平和的な思想とは言えないでしょう。

日本の立場に置き換えて考えてしまったりもします。今も世界中で戦争、争いがありますがそこに積極的に介入していけば、当然色んな形で人は死ぬしテロの標的になる可能性もあります。

ただ、その一国平和主義は世界中で起きている戦争を無視しているだけで、決して平和的とは言えないですよね。

自分たちの国の平和は、世界を平和な国とそうじゃない国に二分することで実現している。虐殺器官がなくともこの内容は、現実の争いの本質を捉えているように私は感じました。

そんな事実をこの映画には突きつけられたような気がします。

ただ、これが現実の世界の本質を捉えていたとしても、正直私には何も答えることができません。

ウィリアムズが言うように、「ビッグマックを食べきれずにゴミ箱に捨ててしまうような日常」のほうが、争いに巻き込まれるよりも大事なように思うからです。

なんといっても武器やガジェットがカッコ良い!

光学迷彩FPSゲームのように視覚内に様々なデータや照準、カーソルなどが表示される演出は、完全に厨二心を撃ち抜かれるものがありましたね。

さすがにナノマシーンなどさすがにオーバーテクノロジーかというものもありますが、人工筋肉を利用した兵器の数々は実際に実現するんじゃないかというリアル感が共存していてかなり見応えがありましたよね。

ドローンに至っては、形こそ違えどもう実現している技術ですしね。

そういったテクノロジーをうまく混在させていたのが、本作の一番の見所だったのかなと個人的には思いました。

正直、ここまで胸熱な近未来的テクノロジーは、ハリウッド映画でも見たことがないレベル。

近々、攻殻機動隊のハリウッド版が公開となりますが、これを超えてくることはないんじゃないでしょうか?

世界観も独特だし、語彙も豊富で難しい…

ストーリー展開としては、起承転結でまとめられる非常にすっきりとした作りになっていたと思います。

ただ、いかんせん世界観が独特でストーリーに入り込むまでに時間がかかってしまいました。

事前知識なしの初見にはかなり厳し目の内容だったように思います。

さらに、語彙的にも日常会話にはでてこないような純文学的なものだったり言い回しに戸惑うし、さらに文学的な知識まで知っていないと分からないところもありました。

カフカ著作に関する内容もちょくちょく出てきます。私は目覚めたら虫になっていた話を学生時代に読んだ気がしますが、その程度の知識ではどうにもなりませんでしたね。笑

勉強不足を思い知らされました…。

冒頭でも書いた通り、生得的や計数されざるといった表現も正直はじめて聞いた言葉です。こうやって、漢字で見るとまだ意味が推測しやすいんですけどね。

劇場で音として聞いた時には、頭の上にクエスチョンマークが浮いた状態になっていたと思います。

これが、小説ならネットで意味や知識を補完しつつ読めるので、普通に楽しめるのかと思います。

映画では描かれていないエピローグに関して

私は、この作品の結末としてシェパード大尉は、ジョンポールを虐殺文法と共に葬り去った。そして、彼がやっていたことをアメリカ国内で告発し、悲劇に終止符を打とうとする。

そういった解釈をしていました。

ただ、このブログで頂いたコメントで原作では全く違う結末が描かれていることを知りました。(ちなみに最近原作も読了したので、今は概要を知っています。)

それは、シェパード大尉がアメリカ国内で虐殺文法を用いた告発を行い、混乱をもたらすという完全な鬱エンドです。

しかし、もう一度振り返って思い出してみても、映画の中ではその終わり方を示唆するような演出がなかったような気がしています。

なので、私は映画では原作とは違った結末を描いたのでは…と考えています。

間違っているかもしれませんが、以下がその理由です。

原作を読み終わってわかったのですが、映画では描かれていない重要な軸が小説にはあります。

シェパード大尉は母親を安楽死させたことや戦場で子供を含めた大量の人を殺してきたことの赦しを求めるようになる。そして、無心論者の彼はその赦しをルツィアに求めて、彼女を追いかけるということです。

しかし、彼はルツィアを失い赦しを得られなくなります。さらに執着していた母親についてライフログを確認しても自分に対する愛情の痕跡を見つけることができなかったことから、自分で自分に罰を与える決断をします。

その決断が、アメリカで虐殺を引き起こすことです。

アメリカが混乱に陥れば、テロを仕掛けるような理由もなくなり、今度はアメリカ以外の国を救えると彼は考えたようです。

この結末につながるストーリーが映画では描かれてないんです。SNSなんかでも、この重要な一連のエピソードが抜けていることが指摘されているんですが、これは原作小説とは違う結末にするためだったんじゃないでしょうか?

以上が、私の解釈です。

難しいなと思いながら映画を一回観ただけなので、単純に私が読み違いをしているだけかもしれません。ただ、映画からこの作品を観た私はこういう結論になりました。

もし、「こういうことだよ!」という解釈がある人は教えていただけると嬉しいです。特に映画で、最後シェパード大尉が虐殺文法を広める原因になるシーンはどの部分はあるのか?というところですね。

レンタル落ちまで待てば何度も観られますが、映画だとそうもいかないので…笑

まとめ

今作は、制作過程において倒産などの紆余曲折がある中で、作られたものであることをSNS等を見て知りました。そういった経緯や既に亡くなっている原作者の方には、素直に感謝の気持ちを伝えたいです。

ありがとうございました。

そして、なによりこの映像表現をどんな文章で書き上げているのかという興味が掻き立てられる作品でもあります。

映像がまだ脳裏に焼き付いているうちに原作小説にあたれば、臨場感のあるイメージを頭に思い浮かべて読み進めることができるかもしれません。

私は、早速原作小説をポチりました!読み終わったらそちらもレビューしようかと思います。

※追記

内容はもちろん、最後の解説が素晴らしいです。著者の伊藤計劃氏はすでにガンで亡くなられているのですが、彼の人となりから病床での様子までが細かくまとめられています。あとがきの解説だけでも読む価値がありますので、是非チェックしてみてください。

“Project Itoh“の作品は動画配信サイトにはまだ出ていないらしい

私は、小説の他に『死者の帝国』と『ハーモニー』のBlu-rayもポチりました。というのも、U-NEXTやHuluといった動画配信で見られればそれが一番良かったのですが、どうやらまだ配信されていない作品のようです。

私は、ホームシアターを作っていてそこで何度も見たい派なので買いますが、必要なければレンタルでも良いかもしれません。

最寄りのTSUTAYAがある方はそれでも良いですが、最近は宅配もやっていて非常に便利になっています。気になっている人は、TSUTAYAディスカスを利用してみてください。

 

 

大学増えすぎ問題を語る時に偏差値を持ち出すのはおかしい!大学教育はすべての国民に解放されるべき

話題になっていた偏差値40以下の大学不要論について感じたことを書いています。正直、イラっとしてこの記事を書くことにしたので、感情論たっぷりです。笑)一貫性もなく思ったことを書いているだけなのでご了承ください。

Sofia University library

 

さてー!

MARCH卒の立川あつです。

先ほど、いつものようにはてなをチェックしてたらこんなブログを発見しました。

kakikae.hatenablog.com

タイトルだけで、かなり焦げ臭いですよね。笑

実際、炎上でPVを稼ぐことが目的でわざと過激な内容にしているだと思います。PVだけでマネタイズできる時代の弊害でしょうか。

ただ、私自身必要のない大学はあるのかなと思っていて、そういった大学に税金が投入されているということに対する否定的な感情も十分理解できます。

しかし、その不要な大学の価値基準に偏差値を持ち出していることには、違和感がありまくりました。

ブコメ欄もその指摘で荒れているだろうなと思ったら、その通りの意見もあれば、それは単なる揚げ足とりだという人も。

ただ、私は正直揚げ足とりとかではなく、単純に違うと思いました。ブログの内容というよりブコメの方にイライラしてしまったパターンです。笑

実際のブコメを拾いつつ、自分の考えを書いていきたいと思います。

ブログの内容について

ブログ内の記事というのは、燃料が9割といった感じなので、あまり触れません。

ただ、いわゆる増え過ぎた大学の間引きが必要で、その基準に偏差値を持ち出している記事です。

どんな大学が不要か?

私は、定員割れや就職率、退学者率など色んな要素を考慮した指標をまず作って、教育機関として機能していない大学を割り出すのが良いと思います。

考慮に入れる要素や判断基準は、賢い人が公平性と合理性を考えて作っていけば良いでしょう。

そこに一定の学力基準を設けても良いですが、当然偏差値(笑)ではないものの方が良いと考えます。

大学とはどんな場所か?

もともと大学というのは本当に一部の、社会を担う人のための機関でした。
勉強できる、という事よりも勉強して国を背負う使命を負った人が行く宿命の場所でした。

まあ、ご本人も「でした」と言っているように、官僚育成的な役割は過去のもので現代とはそぐわないでしょう。

当然、大学の役割は昔とは違うし、私が年寄りになる頃には今と全然違うものになっているかもしれません。

私は、大学という場所は多様化して良いと思っています。

官僚育成向けの大学があっても良い、スポーツの強い大学があっても良い。

国際色の強いところがあっても、生涯学習に特化していろんな世代、バックグラウンド持った人が通うのでも。

問題は教育機関としてなにもなしていない大学が、国からの補助金があるために延命しているということです。

ただ、多様化していく大学を偏差値で区切るなんてことできるはずがありません。

一番わかりやすいのは、スポーツです。

大学教育までの中で盛んに行われているスポーツを真剣に取り組みたい人が、偏差値が低いからと切り捨てられるというのは馬鹿げていますよね。

現時点の偏差値で区切っているから問題ない?

偏差値を持ち出すのが間違っている理由はたくさんあるんですけど、ブコメで1番話題になっていたのがこの対立。

id:bottomzlife 「偏差値n以下は・・・」言説を垂れ流すバカの一例。おまえ偏差値の定義知ってんのかと。いま偏差値40以下の大学を廃止したら、つぎの瞬間にはその上の大学が偏差値40になってつぶさなきゃいけないんだけど。キリない

id:shounenA 低偏差値大学不要論には賛成です。 「40以下を切り続けるといずれ全て40以下の大学になる」ブコメは、「今現在の」偏差値が低い大学は不要と議論してるだけなのに、なんで偏差値再計算してるの?

前者は不要な大学を選ぶのに偏差値40を基準にしたら、偏差値の性質上、間引いた後も偏差値40の大学ができるのでおかしいという主張。

後者は、ある時点の偏差値で区切ってその後に生まれる偏差値40は関係ないという主張です。

私は、不要な大学を選別する基準を考える時に、ある時代の一点を基準にするという発想がなかったので、前者の立場の方が理解できました。

当然、不要な大学というのは現時点で偏差値40以下を切り離せば、解決するという問題ではありません。

それを現時点、しかも相対評価の偏差値で、決めると言うのにはどんな理由があるんでしょうか?

正直そんなものあるはずがないですよね。

あったら教えてください。

ということで、現時点の偏差値で区切るのというのは明らかに間違えてます。

※大学偏差値というものが、いわゆる個人の成績の偏差値と同じ考えかたでできていない気がします。なので、40以下の学校を切り離した時に他の大学の数字も計算しなおす必要があるかについては、大学偏差値の出しかたを知っている必要がありそうです。事情に詳しい方がいたら教えてください。

偏差値=学力、能力ではない

mamiske偏差値に突っ込んでるやつはなんで合格者で統計とってるんだ。全高校生のうち偏差値40に満たないやつは大学に入れないシステムならありえるだろ。

おそらく学力テストの結果、偏差値40以下の学生は大学に行けないようにするという意見。学力の足りない人は大学に行かなくても良いということだと思います。

これも私はおかしいと思います。

偏差値というのは、その人の能力を示すものではありません。

あくまで相対的な立ち位置で、一定の学力を示すものではないんです。

だからその年の偏差値40の人が持っている学力を、10年後の偏差値40の人とぜんぜん違うなんてこともあり得るわけです。そもそも、学習しているものの内容自体違うかもしれません。

それを年度毎の偏差値で選別するというのも、公平性がないし合理性もないですよね。

だから、これも間違っています。

学力のない人に大学教育は必要ない?

id:nenesan0102F欄大よりも高専の定員を増やすほうが有能な人材を育成できると思う。高専は理系だけど、文系のそこそこ上位のビジネス系資格をガンガン取るのをメインとする高専みたいな学校を作れないんかなと思ってしまう。

id:Amay88 大学じゃなくて職業訓練校いっぱいつくればいいと思う。一般教養より、本当に生きていく力を。

いわゆる、賢くない人は、大学なんて行かせずに専門性の高い職業訓練を行えばいいのではないか?という意見。

これは、共感している人も多かったですが、私はあまりこれにも賛成できませんでした。

というのも、職業訓練は別に大学卒業後でもいのでは?と思うからです。大学教育を終えたあとで、必要であれば職業訓練校でも良いんじゃないでしょうか?

学ぶことと、職業訓練は=ではありません。

医者や薬剤師は別として、経済学を学んだからといって経済の専門家になるとは限らないし、文学部に入ったからといって文学関連の仕事に就くわけではないですよね。

現状、むしろ選択した学部学科と直接つながりのある職業に就くというのは全然一般的ではないような気がします。

なのに、賢くない人は学ぶ機会すら無意味で、とにかくなるべく早く労働力になれと強制しているように私は感じてしまいます。

あまりにもフェアじゃないです。

全然護憲派とかではないのですが、ある一文を思いだしました。

「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」

これが義務教育だけだったか年齢制限があったのかとか、私の偏差値(笑)では細かいところを思い出せないです。恥ずかしい。笑

ただ、初めて聞いたときは勉強は頭の良い人が頑張るものだという先入観があったので、驚いたのを覚えています。

つまり、おバカでもバカなりに大学教育を受けても良いんじゃないかと私は思うんです。

憲法先生もそう言っています。

モラトリアムは必要ない?

id:douzokun 学生のモラトリアムの為の大学に国から補助金出すのは問題ではある。大学減らして職業訓練校や専門学校の整備が必要な気がする

モラトリアムという言葉を知ったとき、とにかくモラトリアムっていう言葉を使いたくなったのは私だけでしょうか?笑

大学生の人生の夏休みの為に国からお金を出すのはどうかという意見。

確かに、他人の遊ぶ金の為に自分の税金が使われていると考えると拒否感がありますよね。ただ、この点に関しては全部の大学生に当てはまるのでなんとも言えないところ。

それに、これは完全な私見ですが、おそらく私たちは親の世代より長生きするし、働く年数も増えますよね。

医学の進歩を考えると寿命が長くなるだけでなく、健康で動き回れる年齢もかなり広がるそうです。

そこに、年金引き上げなどの事情も加わってくるでしょう。

そう考えると、三回大学卒業してもまだ、親世代より長く働くんじゃないかということすらあり得るんじゃないでしょうか?

私には、60で大学にいき直してそこから卒業、あと20年働くという未来すら見えています。笑

なので、もはや大学に行くことはモラトリアムとかそんな概念ではない気がします。

 

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

まとめ

読んだ漫画や映画の感想くらいしか書かないのですが、全然慣れていないオピニオン記事を書いてみました。

勝手がわからないので、こんなIDコールして良いのかすら定かではないのですが、自分の考えを吐き出せて少しすっきりしました。

はてなSNS的な要素もあるそうなので、良いのかな。

また、機会があれば書くかもです。